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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)9889号 判決

原告

甲野太郎

被告

右代表者法務大臣

倉石忠雄

右指定代理人

菊地健治

城谷昌雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和三二年四月、日本弁護士連合会に登録された東京弁護士会所属の弁護士であるところ、昭和五〇年一一月八日、該所属弁護士会から同日付同会懲戒委員会の議決に基づき「退会を命ずる」との懲戒処分を受けた。

2  右懲戒委員会の議決は、原告に「退会を命ずる」というものであるが、その理由(以下「本件懲戒事由」という。)は左記の三点にあり、これらの行為は、最も信用を重んじなければならない弁護士にとつて、その品位を失うべき重大な非行であるというにある。

(一) 原告は、昭和四三年三月二日、小野正実らから、学校法人富士見丘学園の理事たる地位を法人登記簿上に回復することを依頼の趣旨として、当時静岡地方裁判所沼津支部に係属中の原告小野正実外二名、被告学校法人富士見丘学園外一二名間の同庁昭和四二年(ワ)第四六八号学校法人評議員会決議、同理事会決議の各無効確認並びに理事辞任登記の回復登記手続等請求事件につき、小野正実らの訴訟代理の委任を受け、以来その訴訟を遂行してきた。ところが、原告は、昭和四四年三月一五日、同庁で、小野正実らが訴訟手続外の方法により理事登記の回復を実現した事実を知りながら、右小野らの同意を得ないまま、右小野らが回復したばかりの登記簿上の理事たる地位を放棄する内容の和解調書の作成を相手方に同意し、即日これと引換に和解金名目で金四〇〇万円を受領し、もつて依頼者たる小野正実の意に反する和解調書を作成させた。

(二) 原告は、右和解金四〇〇万円を小野正実らに引渡すべきであるにもかかわらず、右金員は自己の所有に帰したものである旨主張してこれを依頼者である小野らに引渡さず費消した。

(三) 小野正実らは、前記四六八号事件をはじめとして、学校法人富士見丘学園の理事の地位をめぐる紛争に関連する諸事件の訴訟、告訴等を原告に依頼していたことから、原告は小野正実らとの信頼関係に基づき、同紛争に関連する諸事件につき、右小野らの協議を受け賛助していたものである。ところが、原告は、昭和四四年四月九日、右諸事件の対立当事者となつている政岡弥三郎側から小野正実らに対する同学園立入禁止等の仮処分手続を依頼されてこれを受任し、翌一〇日静岡地方裁判所沼津支部に仮処分を申請(同裁判所昭和四四年(ヨ)第八三号建物立入禁止仮処分命令申請事件)し、もつて職務をおこないえない事件をおこなつた。〈以下、事実省略〉

理由

一請求の原因1及び2の各事実は、〈証拠〉によりこれを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

右事実によると、原告が所属する東京弁護士会懲戒委員会から、その主張どおりの理由により「退会を命ずる。」との懲戒処分を受けたことを認めうる。

二ところで、原告は、右懲戒処分は懲戒委員会委員長ら委員の故意または過失による重大な事実誤認にもとづく違法な行為であり、しかも、同委員長ら委員は弁護士法六九条、五四条によつて公務に従事する職員とされているから、被告国は原告に対し国家賠償法一条に基づく損害賠償責任を負うべきである、と主張するので検討する。

1  そこで、まず、弁護士会の懲戒委員会の委員長らが、国家賠償法一条にいう「公権力の行使に当る公務員」に当るか否かにつき考える。

弁護士会がその会員たる弁護士に対して行う懲戒は、弁護士法の定めにより弁護士会に付与された公の権能の行使として行うものであり、この懲戒に対しては同法五九条により日本弁護士連合会に行政不服審査法による審査請求ができ、さらに、日本弁護士連合会のなした審査裁決または懲戒については、同法六二八条によつて東京高等裁判所に行政事件訴訟懲戒処分は国家賠償法一条にいう「公権力の行使」にあたると解することができるし、また、懲戒委員会は弁護士会の懲戒権の行使を担当する機関として法律上設置されたもので、右会の委員長ら委員は弁護士会の機関の構成員として公権力の行使にあたる懲戒権を委託されこれを遂行するものと考えられるから、右委員は国家賠償法一条にいう「公権力の行使にあたる公務員」にあたると解するのが相当である。

したがつて、懲戒委員会の委員長らの委員は、国家賠償法一条にいう「公権力を行使する公務員」にあたるといわざるをえない。

2  つぎに、これら懲戒委員の公権力の行使が違法な場合に、被告国が国家賠償法一条に基づく損害賠償責任を負うか否かにつき考える。

弁護士会は、弁護士の指導、連絡および監督に関する事務を行うことを目的とする法人であり、弁護士を強制加入させ、国からその管理の機能を委譲された公の団体であつて、国家賠償法一条にいう「公共団体」に該当し、また、弁護士会の懲戒権は、現行弁護士法においては弁護士の完全自治制度採用の一環として弁護士会の独自の権能と認め、しかも、その権限の行使にあたつても、弁護士の自治的懲戒制度を採用して、行政庁その他の国の機関の監督を受けないものとされていることからみると、右懲戒権の行使は、公共団体である弁護士会の公権力の行使に当たると解することができ、このことは、右懲戒を被告国の公権力の行使とみなす趣旨の存しないところからみても、右懲戒権の行使を被告国の公権力の行使と認める余地はない。

なお、原告は、弁護士会の懲戒委員会の委員は弁護士法六九条によつて準用される同法五四条により、法令によつて公務に従事する職員と定められているので、被告国は右委員らのなした違法行為につき責任を負うべきであると主張するが、同法条の趣旨は弁護士自治制度の趣旨および規定の文言が刑法七条と同一の表現であることからみると、弁護士会が公共団体であることに鑑み、懲戒委員会の委員が刑法上の公務員としての身分を有することを定めたに過ぎないものであつて、右法条の存在をもつて前記判断を左右しうるものではない。

したがつて、弁護士会の懲戒委員会より懲戒を受けた者が、右委員会における委員の懲戒権の行使を被告国の公権力の行使と解して、違法な懲戒権の行使があるとして、被告国に対し国家賠償法一条に基づき損害賠償を求める余地はない。

3  以上の次第であるから、原告の被告国に対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないというべきである。

三よつて、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(山口和男 林豊 山田知司)

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